写真機が発明され、人は裸を撮り始めた 『エロ写真の歴史』Ⅰ

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今回はエロ写真の歴史を丹念にたどり、
その軌跡をまとめた三冊の本を紹介する。
まず最初は、下川 耿史編著『世紀末写真館』
それから下川 耿史編著『日本エロ写真史』
最後に佐久間猛編『エロ写真発掘帳』
三冊とも刊行は青弓社である。
三冊とも内容がかぶることもあるが、
貴重な写真資料が満載の本である。
特に、佐久間猛編『エロ写真発掘帳』は
多くの写真を収録している。
三冊とも収録されている写真群は、
今では決して目の触れることが不可能な写真ばかりである。
フランス人が19世紀の半ばに写真機を発明してから、
それほど時間が経過しないうちに、
人(男)はヌードの撮影を始めた。
フランス、イギリス、ドイツ、それに日本でも・・・。
写真機があり、それに撮影者がおり、
ヌードになってくれる女が居さえすれば、
世界中どこでも撮影が行われた。
特にフランスは、フレンチ(ポスト)カード(つまりエロ写真)の
世界最大の生産、輸出国であり、
世界各地へ輸出され、世界中の男の魅了した。

下川 耿史編著『日本エロ写真』にこのような記述がある。
「ジョージ・レヴィンスキーは『ヌードの歴史』のなかで、
その流行ぶりをこう述べている。二十世紀初頭の数字だけで、
六十億のポストカードがフランスで、数十億がドイツで売られ、
こうした事情はイギリスでも変わりなかった・・・」
(第六話パリ万博とフレンチカードから抜粋)
また『世紀末写真館』にこのような記述がある。
「フランスは伝統的に女の色気を売り物にしてきた国だ。
ファッションの都、モードの都パリ、そして世界一の売春婦の都。
(略)助平系はフランス、というのが欧米の常識であって、
かつては世界中どこにいっても紅毛碧眼の娼婦はパリ生まれを自称していた・・・」
(第二章エロチカ資本主義から抜粋)
このように、フランスはエロの分野でも世界をリードしていた。
(エロ写真、娼婦、歓楽街、男を虜にする、あらゆる分野で世界をリードした)